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福岡県北九州市の心療内科・精神科/うつ病/カウンセリング/ストレス/治療/PTSD/睡眠時無呼吸症候群

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症例集

症例(うつ病)

過去に私が出会った患者さんの例を見てもらいながらお話しましょう。
患者さんのプライバシーを守る為、病歴や内容は一部改変してありますが基本的な部分はそのままです。

【症例Aさん】29歳・女性・職業看護師

Aさんは総合病院で有能な看護師として仕事をしていました。
性格はまじめで、仕事熱心な人です。
Aさんはある年に人事異動で、主任に昇格しました。

それまでのように自分の仕事だけきちんとこなせばよかったのと違い、新人の教育や、監督、仕事ぶりの把握、師長とのやり取りなどさまざまな責任がかかってくるようになりました。
昇格後、しばらくしてから、夜間に何度も眼が覚めることが多くなりました。
寝不足のせいか、日中も集中力が低下することが多くなりました。
夜きちんと寝ようとするのですが、そう考えるとかえって眠れなくなります。

そんな日が続くうちに、次第に朝起きるのがきつくなり、仕事に行くことにつらさを感じるようになりました。
仕事が楽しいと感じることが無くなり、1日中続く倦怠感、体が揺れるような気分の悪さなども現れてきました。
それでも、Aさんは周りのスタッフに心配をかけないように仕事場では以前と変わりなく元気を装っていましたが、自宅に帰るとどっと疲れて食事もろくに食べる気力も無いような状態でした。

そんな日が数ヶ月続いたある朝、眼が覚めて仕事に行こうとしても体がいうことをきかず、布団から起き上がれなくなるということがありました。
Aさんは就職してはじめて急な欠勤の連絡を職場に入れることになり、そんな自分に対する自己嫌悪にかられて落ち込んでしまいました。

内科で検査を行ってもらいましたが、異常は認められず、うつ病を疑われて当院に紹介されてきました。
面接と検査の結果、軽度のうつ病と診断。
渋る本人を説得して、3ヶ月の休職と抗うつ薬のSSRIと呼ばれる薬を処方しました。
2週間後から気分は改善し、1ヶ月後には精神、身体症状もほとんどなくなってきました。
2ヶ月後には私と本人と職場で復帰に関する話し合いを行いました。
そして、本人の希望で主任の仕事を離れることで順調な復帰を果たしました。

Aさんは主任に昇格したことがきっかけとなりうつ病を発症しました。
性格的に自分よりも仕事や周りのスタッフのことを優先する過剰適応の傾向があり、常に職場でいい仕事をしなければいけないと考えていました。
そして、いつの間にかAさんの中では、いい仕事をする=完璧に仕事をするという思い込みが出来上がっていたのです。

この性格はひとつには、幼いころから、母親の期待にこたえれればほめられるという関係が長年続いてきていた中で強化されてきたものでもあったようです。

しかし、面接ではその辺にはあまり触れず、常に完璧に仕事をし続けることが自分にとってどういう意味があるのか。
そう考えてプラスになる点は?マイナスになる点は?マイナスをを避けるためにはどのように考えを変えていけばいいのか、などに関して話をしました。

その結果、自分の考えがあまりにも極端であったのではないか、仕事や他人を自分がコントロールできるようにしておかないと不安になってしまうなど、自分の性格を客観的に見ることが可能になっていったようです。
そして、また普通のスタッフとして仕事を再開することで、もう一度自分を見直してみたいと考えられたようでした。

ここに取り上げたのはさまざまなうつ病の経過のひとつの例です。
うつを患った方が必ずしも同じような経過をたどるとは限りません。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)

次にはほかの発症要因で起こってきたうつ症状の経過をみてみます。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)

PTSDは、大きな災害や事故に遭遇したり、あるいは肉親や知人の死を目撃したような場合に起こってくる症状です。

【症例Bさん】

Bさんは友人とドライブ中に激しい交通事故に巻き込まれ、運転していた友人は重傷を負いましたが、Bさんは奇跡的に軽症ですみました。

その後の様子がおかしいと、家族が連れて来院されました。
来院時は、宙を見つめて涙を流すばかりで呼びかけにもほとんど反応しない状態。
それまでは特に身体的、精神的疾患の既往がないことから急性ストレス反応の症状と診断し、家族にも説明して安定剤の投与を行い帰宅させました。

2日後に来院され、このときは会話ができる程度になっていました。
当日のことは断片的でほとんど思い出せません。
話しているうちに言葉がつまり、泣き始めるため、食事や睡眠等の基本的な生活状況のみを質問するに止めました。
服薬したが夜は全く眠れず、事件のあった明け方近くなると恐怖感でいたたまれない状態になってしまうということでした。

その後、週1回程度の来院を指示し、経過を観察することにしました。
事故当日の精神的なショックがかなり強くしばらくはその日のことを思い出すことすら苦痛を伴うため、日常生活の改善と生活リズムを整えることのみに重点を置きました。
薬物療法を行いながら毎日の生活と睡眠の状態を簡単にノートに記載して通院してもらいました。

その後しばらく、突然当日の朝の場面が頭の中によみがえってきて急に過呼吸状態になり泣き出してしまうことがありました。
知人や友人との会話にもなかなか集中できず、周りの生活が現実感がなく夢の中にいるような感じ等の状態が続き、ゆううつで家事等を行う気力が起きず、一日中横になってぼんやりと過ごすなどの抑うつ症状が続きました。

1ヶ月後、本人と家族に心的外傷後ストレス傷害の症状の説明を行いました。抑うつ状態とフラッシュバック、強い不眠などPTSD症状の改善のためSSRIの使用を本人に説明して了解を得ました。

SSRIの服用で不安や抑うつ気分はやや改善されましたが、事件当日の記憶が突然よみがえるフラッシュバック、飲み込まれそうな感覚、そのときに起きてくるパニック発作がかなり辛いということが訴えられたため、漸進的筋弛緩法と自律訓練法、呼吸法の指導を行いました。

この練習によってフラッシュバックへの対処は少しずつ可能になっていきました。
事故から2ヶ月くらいたった頃から事故当日のことに関して少しずつ記憶を蘇らせる事が可能になったので、そのときの状況や感情を不安階層表を使って不安の度合いを調べながら話してもらうことにしました。

事故に関係する記憶を蘇らせる途中にパニック発作を起こしそうになることもしばしばあり、面接を中断して呼吸法と筋弛緩法を行って不安を緩和するという作業を繰り返しました。

そうするうちに次第に事故当日のことを筋道立てて思い出すことができるようになりました。
そして、事故に遭って、自分だけ軽症で助かった事に対する自責の念や、今になってありありと感じる事故の恐怖感、理不尽な事故に遭遇したことに対する怒りの気持ち等様々な感情が表現されるようになりました。
そしてそのような感情を表現していくにつれ次第にパニック症状は緩和して、うつ気分も少しずつ改善していきました。

交通事故の直後に一時的に解離反応(この場合は、意識の麻痺状態)が現れ、その後パニックの発作を伴ううつ状態が認められました。
PTSDに伴う様々な症状が認められ、今回は抗うつ薬と事故当日のことを頭の中で再現してもらうイメージを使った方法での治療を行いました。

自立訓練法での被暗示性の亢進した状態から、軽催眠状態に誘導し、まず不安の少ないイメージを作り出してもらい、それを次第に不安の強いものに変化させていくというやり方をとりました。
事故のイメージと向き合うのはかなりつらかったと思いますが、Bさんは治療を投げ出さずに継続され、改善に向かいました。

最近ではこのようなカウンセリングの時間がなかなか取りにくくなっている事が悩みです。

子どものうつ病

子どもにもうつ病はあります。
次にあげた患者さんは子供によく見られるうつ病の症状を呈しています。
十代の子どもさんのうち、2~5%の割合でうつ病は発症するという報告があります。
この方の場合は、基礎疾患として広汎性発達障害が認められ、うつ病が合併したものと考えられました。

【症例 11歳 男児】

帝王切開で出生。
特に問題はなく母乳栄養で成育されました。
出生時体重は3200gでした。
始歩12ヶ月、始語12ヶ月。

その後の言語発達も順調でした。歩き始めた後から動きが多く、デパートに行くとすぐに迷子になり、あまり人見知りをしませんでした。
3歳児健診では異常は指摘されませんでした。
幼稚園では特に他の園児とはトラブルはありませんでした。

小学校1年の4月ごろから、離席行為が目立ち、注意すると一時は改善するが、その後も突然教室を出て保健室に行ったり授業中に教室内を歩き回ったり、他の子に話し掛けたりするというような行為が頻繁に見られました。
その後も続くため担任が親に相談し、A病院を受診しました。
WISC-3、行動観察等が行われた結果、広汎性発達障害が強く疑われると告げられました。

その後、理解のある教師に恵まれたこともあって、小学校高学年になるにつれて落ち着きのなさや、教師の指示に従いにくい等の問題行動も改善されてきました。
また学習面でも次第に集中することが可能になってきました。
しかし、同年代のほかの子供と遊ぶということは学校以外ではほとんどせず、家に帰ると自分の好きなことに没頭するという生活だったようです。

6年生の5月運動会が終了して1週間程してから、かなり強い頭痛を訴えるようになりました。
頭痛は次第に日中も続くと訴えるようになり、数日間学校を欠席しました。
かかりつけの小児科では特に身体的な異常は見つからず、それでも訴えが改善しないため総合病院であるB病院の小児科を紹介されました。

その小児科医からリスパダール1mg、ワイパックス1mgの処方が行われましたが、3週間経過してもまったく症状は改善しませんでした。
このため両親の希望で当院転院になりました。

6月30日当院来院。1日中続く頭痛があり、朝起きてから昼過ぎまで全く寝床から起きれない状態であり、午後も少し動いてはまた横になるということを繰り返しています。
それまでやっていたテレビゲームなどは全くできなくなり、欠かさず見ていた好きなテレビ番組も全く見ることがなくなりました。

日常生活の音が、うるさくて頭が痛くなると言って一日中耳栓をして過ごすようになりました。
腹痛の訴えもあり、食欲が低下して体重は5月の終わりから6月の終わりの1ヶ月にかけて約10kg減少していました。
登校、学習もまったく出来なくなっていました。

大うつ病性障害の身体症状、および精神症状を疑いCDRS-Rを施行しました。
その結果高いスコアを認め、広汎性発達障害にうつ病エピソードを合併したものと判断しました。
まず薬物療法を行い、うつ病を合併するにいたった経過を調べた上で再発を防ぐ為の生活、学校での対応の工夫を考えることにしました。

最初フルボキサミンの処方を2週間試みてみましたが、眠気と吐気が強く現れ、継続することができませんでした。
7月からサートラリン12.5mgで使用を開始しました。
使用を開始して10日目くらいから、腹痛、頭痛、体のだるさの訴えは軽減し、食欲も次第に改善しました。
服用後1ヶ月目ごろには、表情の明るさ、活動性も以前と変わらない状態に戻ってきました。

面接場面では気の利いた表現を用いたり、冗談を理解したりなど、一見会話に問題なさそうにも見えたが、実際は自分の話している言葉の意味がきちんとわかっていないことも多いことが明らかになりました。
自分の感情や感覚を自覚して表現することが難しく、まわりが気づかないうちに限界までがんばってしまい、疲弊してしまうというパターンが過去にも何回か有ったらしいことがわかりました。

うつ病の発症直前には子ども会の活動や運動会の応援団長に推薦されて、かなり大変であったががんばってやり遂げていたということであり、今回はそれらが過剰な負担になってうつ病性障害の発症に関係していたことが疑われました。

9月復学が可能な状態になったころに両親と担任の教師との話し合いを行い、今後再発の予防のために家庭や学校での行事参加は本人と時間をかけて話し合いながら慎重に行うことが重要であること、通院しながら感情の表現の仕方やコミュニケーションの練習も行っていく必要があることを説明しました。

当初2ヶ所の小児科医に受診しましたが、1ヶ月以上症状改善せず、結局、当院転院後に上記のように診断を下して治療を行いました。
結果的にはSSRIの使用後、症状は急速に改善して、順調な回復をしています。

小児のうつ病は身体の症状をおもに訴える、いわゆる心気症状がその訴えの中心になることがよくあります。
ですから、最初は小児科を受診することが多いのですが、結局診断がつかずに治療が行き詰まってしまうということもよくあります。

このケースの場合、最初の小児科で診断がつかず、紹介されて総合病院の小児科を受診しています。
担当医は発達障害に合併した心気症状と考えていたようです。

しかし、投与されていた抗不安薬では全く症状に改善はみられませんでした。
SSRI処方後10日目くらいから目立った改善が現れ始めました。
安定した状態になるまでは半年以上かかりましたが、服用から4週間経過したころからは学校にも行けるようになっていました。

小児のうつ病は、先ほど述べましたように大人と臨床的な症状が異なるため、心因性(ストレスによる症状など)によって発症した一時的な反応なのか、それともうつ病の状態まで至っているのかという鑑別が非常に重要になってきます。
学校での友人関係、教師との関係、学業、いじめの問題、両親との関係などさまざまな要因を検討する必要があります。

そして、いったんうつ病と診断がされた後も、治療法に関しては、小児の場合まだはっきりとした治療のガイドラインが定まっていないのが現状です。
どのような治療をどのように行っていくのかということに関して、臨床医の判断は非常に大事になってきます。
このお子さんは背景に発達障害を持っていました。

このようなお子さんの場合、うつ病を発症することが多いといわれており、その原因として、対人関係におけるコミュニケーション障害が原因になっていることがよくあります。
治療にはその面でのサポート、介入が必要になってきます。

また、発達障害等の障害を持っていない子供さんの場合でも、精神的に未熟で、自分自身の感情をことばで表現することが苦手な子供さんの場合、自分を無理に周囲の環境に合わせようとして感情の逃げ口が無いまま過剰適応を続けることによって、うつ状態を発症してしまうことがあります。
この場合も発症前の学校、家庭での生活に関する情報を集めて考えていく必要があります。

私はもともと、発達障害などの児童精神科の分野を専門に扱っているわけではありません。
しかし、最近は出来る範囲でなるべく相談を受けるようにしています。
きっかけは私の長男が11歳のときに患ったうつ病でした。

やはり最初は、体の不調が主で、学校や家庭でも目立ったきっかけはありませんでした。
小児科にしばらく通院しましたが、身体的にはまったく問題ないにもかかわらず、症状は一向に改善せず、途方にくれるような状況でした。

内外の文献や論文をかき集めて眼を通していくうちに、当時ようやく認知され始めた小児のうつ病ではないかということがわかってきました。
治療のガイドラインもまだきちんと整えられたものが無いこと、薬についても小児に対する有効性、安全性は未知の部分が多いことなどがわかりました。

さまざまな知見を総合して、私は小児科の先生にSSRIの処方をお願いしました。
効果は劇的でした。それまでは2ヶ月にわたり気分の悪さを訴えて、1日中寝込んでいた長男が、数日後から動くことが可能になり、1ヶ月で通学が可能なほど改善しました。

苦しんでいる子どもをかかえて過ごした数ヶ月は家族にもつらい日々でした。
今でも、深夜に突然目を覚まして声を殺して泣いている子どもの様子や、重苦しい家の中の空気は忘れることが出来ません。
一番困ったのは、どこに相談していいのかわからないことでした。

この頃の自身の経験から、たとえ専門的に扱っていない疾患でも、少なくとも相談を受けて、初期段階で必要な対応を行い、これから必要な治療の方向付けだけでも提供することが出来れば、かなり救われる家族もおられるのではないかと考えています。

うつ病の服薬治療について

抗うつ薬は、脳内の神経伝達に関係するセロトニンやノルアドレナリンという物質のバランスを整えることにより、うつ症状を改善するといわれている薬です。

その中でも特にSSRIは、脳内のセロトニン神経系に選択的に働くと言われている薬です。
従来から使用されている三環形、四環形といった抗うつ薬よりも極めて副作用が少なく、服用しやすいため、軽度から中等度のうつ病、うつ症状の治療に用いられてきています。

今回症例としてあげた方々も、SSRIと精神療法を併用されておられます。
私は長期に、抑うつ、疲弊が続いている人には、まず服薬と休養を進めることにしています。
それは、北海道大学の傳田先生がいわれるように、うつ病は心の病というよりは身体の病というようにとらえるべきだと私も考えているからです。

体の病気であれば、まず休養して薬をのむというのはみなさんも理解しやすいことだと思います。
このことは、私の場合、長男の症状が薬によって劇的に改善したときに身をもって感じたことです。
精神療法はそのあと、気分に余裕が出来るようになってから徐々に行っていくべきであろうと思います。
最近、抗うつ薬を否定して精神療法を称揚する本がいくつも出版されていますが、どちらかにかたよりすぎるのもたいへん問題であろうと考えています。

SSRIについては、様々な噂や副作用についての情報が書物やインターネット上に氾濫しています。
その多くが副作用に焦点をあてたもので、特に最近SSRIを服用した後に発生すると言われているアクチベーションシンドローム(SSRIの服用後に出る可能性があるとされる中枢神経刺激症状。焦燥感、衝動性、不眠、自殺企図など)と結び付けて、悪魔の薬のように言われることもあります。

私自身はSSRIが日本で初めて使われるようになってから外来でも多くの方に処方させていただきました。
私の臨床経験から言わせていただけるとSSRIには確かに副作用は認められますが、その多くは指導の下にきちんと服用していれば、問題になることはほとんどありません。

まして、私が身近で見聞きした中では衝動性の悪化で自殺に至ったなどということはありません。
長男にSSRIが処方されたときも特に不安は感じませんでした。
条件を守って服用しさえすれば安全で効果的な薬物なのです。

ここまで読まれた方の中には、それではいずれ心の問題は薬によって、すべて解決するのではないかと思われる人もいるかとおもいます。

しかし、今のところ私はそうは思っていません。
たしかに臨床に携わっているうちに、薬の知識が深まるにつれて、人間の感情や行動やものの考え方が結局は脳内物質の動きによって左右されているだけなのではないかと考える誘惑にとらわれることがあります。
そして、その考えに囚われてしまう時、臨床家の中には薬を自在に操ることで患者を自由にコントロールできるのではないかという幻想が生じます。

そのような考え方は、薬を使う立場にある臨床家を特権的な立場に置き、本来平等であるはずの医師-患者関係は、薬を与える者と与えられる者という権力的な構図に還元され、患者さんは単なる薬物を与えて反応を見るだけの対象となり、治療者は単なる観察者となるでしょう。
こうなってしまっては、真の治療関係が成立することを薬がかえって妨げることになってしまいます。
そして、私が最初の「ごあいさつ」で述べたような患者さんが本来持っているはずの治癒しようとする力(リソース)を引き出すことは困難になっていくでしょう。

うつ病にかかったということは挫折ではなくて、自分のそれまでの生活を振り返るいい機会です。
それをこれからの生活の改善と再発の予防に役立てていけばいいのです。
薬は万能ではありません。
薬は苦しみを和らげて、病気の治癒を後押ししてくれる力を持ってはいますが、苦しみを除去することは出来ません。
それを決して忘れないようにしなくてはならないのです。

私の長男も今後、服薬を続けながらも人間関係のコミュニケーションのあり方を学んで、ストレスを出来るだけためないようなやり方を身につけていく必要があるでしょう。

それが少しずつ可能になったときに、本当に再発の危機は少なくなったといえるのです。
社会不安障害(対人恐怖など)の人は、抗うつ薬を使うことでかなり症状を和らげることが出来るといわれていますが、精神療法の認知行動療法を併用することで再発をよりいっそう防げるといわれています。
薬と精神療法をどううまく使い分けるか。それが、回復への鍵を握っています。

パニック障害

Cさんは会社員として毎日忙しく仕事をこなしていましたが、時々ストレスや疲れを感じるものの特に精神的に問題を感じたことはありませんでした。

ある日仕事が終わって車で帰っている途中、Cさんは突然窒息してしまうような息の苦しさと、強い動悸の発作に襲われました。車をとめて呼吸を整えようとしましたが、苦しさはますます強くなり、このまま死んでしまうのではないかというほどの恐怖感に襲われました。全身から冷や汗が噴き出し、指先もしびれて感覚が失われてきています。

あまり苦しくて恐ろしいため、Cさんはその場で救急車を呼び病院に搬送されました。しかし病院に着く頃には胸の苦しさや息苦しさは嘘のようにおさまって、診察でも特に問題はないと言われました。

しかしその後同じような発作は繰り返し起こるようになり、Cさんは次第に外出するとまた、同じような発作は起こるのではないかと不安になり外出を控えるようになりました。自宅でも発作の不安におびえる日が続き、あちこちの病院を転々としたあと当院外来に受診をされました。

いわゆる典型的なパニック障害の症状と思われました。パニック障害は呼吸ができない、窒息するような感覚と、動悸、冷や汗などの自律神経発作と呼ばれる全身の様々な症状が強い不安とともに出現します。この発作を起こした人は再び同じような症状が起きるのではないかという不安にかられて気持ちの余裕がなくなり、乗り物や外出を控えてしまうようになってしまいます。症状が進行するとうつ症状なども出現するために早期の介入が必要と考えられています。

パニック障害はあまりに不安が強い為に、再度の発作を恐れるあまり日常生活に障害をきたすこともあります。この病気はまず正しい診断と病気に対する正しい理解、そしてどのように発作を回避していけばいいのかと言うような将来的な展望をきちんと整理して説明してもらうことによって、それだけでかなりの不安が軽減すると言われています。自分の病状に対する正しい理解と適切な服薬がこの病気の治療のポイントになってくると思います。

うつ症状を呈するそのほかの疾患

【非定型うつ病】

Eさんはブティックの店員をしていました。20代の中ごろまでは仕事に積極的で、仕事にも熱心であると評判の高いスタッフでした。その甲斐あって、そのブティックがよそに新たな店舗を出すときに、責任者の一人として加わることになりました。Eさんは表面的には喜ぶそぶりをしてその職を受けましたが、本心ではあまり気を使うことのない今の立場のままでいたかったのです。しかし、性格的に自己主張をしない彼女はそれを言い出すことができませんでした。

異動になって、1ヶ月くらいしてから、夜になると理由もはっきりしないのに涙が出たりひどく落ち込んだ気分になってきました。しだいに、平日にひどいからだの疲れが出現するようになり、そんな日はまったく動けなくなって仕事を休まざるを得ないような状態になりました。睡眠の時間もかなり長くなって、夕方まで目が覚めなかったりすることも多くなりました。かと思うと、日曜日などに友人から遊びに誘われるとうれしい気分になって出かけたりもします。

しかしまたその日の夜には、気分の落ち込みやどうしようもない衝動に駆られて夜中にスナック菓子を大量に食べたりしてしまいます。母親がそのような状態を見かねて、もっときちんとした生活をしなさいと本人に意見したところ、Eさん自身が自分でも驚くほどの怒りに駆られて、母親に大声で食って掛かると、手当たりしだいにそばにおいてあったものを投げつけるという怒りの爆発がありました。あとになって、些細な母親の一言でなぜあれほどの怒りの発作が起きたのか不可解に感じ、次第に自分自身のコントロールが失われていくような不安に駆られて、Eさんは受診を決めました。

非定型うつ病とは従来一般的に知られているうつ病の特徴と異なって、嬉しいことがあったりすると気分が良くなるような気分反応性、過食や過眠、従来知られている朝気分が悪く、夕方に気分が良くなるという日内変動とは逆の夕方に気分が悪くなるという症状を示し、対人関係でも非常な過敏さを持っており、少しでも自分が批判されたり、拒絶されたと感じると激しい怒りの爆発が見られるようなこともあります。

このような気分反応性は周囲に結構元気に動けているという印象を与えてしまうために、病気ではなく、怠けているのではないかという疑いを与えてしまいます。また、対人関係の過敏さは理不尽なほどの怒りの爆発を引き起こすことがあるため、いわゆるボーダーラインパーソナリティ障害と誤解されることもあります。ボーダーラインパーソナリティと異なるのは症状が出現するまでは比較的社会適応が良好で、交友関係もむしろ安定していた人が多いことや、スプリッティングという防衛機制が働いているかどうかで区別がつくようです。

治療はやはり投薬と面接を中心に行っていきますが、普通の鬱病とは異なり、かなり長い治療期間が必要になることもしばしばです。また、一般の人よりも双極U型障害(軽度の躁状態とうつ状態が交互に表れる疾患)を合併しやすいといわれているので注意が必要になってきます。
Eさんの場合、服薬を続けることにより気分の安定がはかられ、その後面接を重ねて行くうちに、中学校時代の挫折体験がその後の学業や仕事の上での失敗を過度に恐れるという性格をかたちづくり、今回の症状の発症に関わっていることが徐々に明らかになっていきました。

【PMDD】

女性のなかには月経の前1週間ぐらいから、身体の変調とともに精神的な面での不安定さが出で来る方がいることは以前からよく知られていました。これは月経前症候群(PMS)と呼ばれており、症状が重い場合は、安定剤の処方などを行って経過をみることもありました。

しかし外来にうつ状態を訴えてこられる患者さんの中には、うつ気分の悪化が月経まえ1週間ほどから始まり、仕事や家事にひどく支障をきたしてしまうという状態の方がおられます。著しい社会生活の障害が認 められる場合、これはPMSと区別されて月経前気分不快障害(PMDD)と呼ばれます。

PMDDの場合、精神的な症状がひどくあらわれ、情緒の不安定さや強いうつ気分を呈することが多いため、月経の前1週間ぐらいから、抗うつ薬を月経開始まで服用し治療するというやり方が行われます。月経の開始とともに、症状は急速に改善することが多いので抗うつ薬の服用は月経開始までの1週間から10日のみにとどめます。

女性のうつ状態のなかには、このように月経サイクルとともに症状の増悪が見られる方がかなりおられるので、生活や仕事上のストレス以外にもこういった身体面からの影響がないかどうかを聞き取ることが大事になってきます。

ADHD治療薬に関して

「息子さんにリタリンを処方してみましょうか?」

予想していたことではありましたが、さすがに一瞬返答を躊躇してしまいました。
長男に多動傾向が著しいということは、小学校低学年のころから発達障害専門の小児科医と心理療法士に指摘されてはいました。

投薬はあえて行わずに経過を見ていたのですが、高学年になってうつ状態が悪化して小児科医に受診したときに、そのように言われました。
いざ身内のこととなると決断がなかなか難しいものですね。

結局長男はリタリン服用を行うも症状の改善はあまり見られず、結局その後個人輸入でストラテラ(FDAの認可を受けているADHD治療薬)の服用を行って様子を見ています。

以前リタリンは強い依存性がある、使用に当たって非常に注意が必要な薬物であるとお話しました。
しかし、国内では適応疾患に該当していないにもかかわらず、ADHD(注意欠陥多動障害)の症状を持っている子どもたちにとってはなくてはならないといっていいほどの薬です。
症状に対する改善効果は70%以上といわれ、行動療法と組み合わせることによってより改善効果が期待できると考えられています。

リタリンが何よりも重要な点は服用することで、日常生活の支障になる問題行動が減少し、知的活動に集中しやすくなることで本人自身が苦痛を感じずに社会生活を送りやすくなるということです。
ADHDはその症状のため集団生活になじめなかったり、排除されたりすることが多く、そのため自尊心の低下など二次的な心理的問題が生み出されることがあるため早急に対応することが必要です。
リタリンは現在日本で使用可能な唯一のADHDの治療薬であり、国も重い腰を上げて迅速に適応症として認めるよう動くべきであると考えます。

この記事は平成19年に書いたものです。この後、リタリンはナルコレプシー以外の投与は禁止され、その後に発売されたコンセルタも成人に対する投与が認められていませんでした。成人のADHDへの薬物療法は国内では全くできない状態になっていたのです。

しかし、当時では個人輸入するしかなかったアトモキセチンもようやく国内承認が認められ、おそらくは成人のADHDに対する認可も下りるのではないでしょうか。積み残されていた、成人の患者さんに対する薬物療法にようやく光明が見えてきたようです。臨床に携わる人間としてはアトモキセチンのみではなく、今後も必要に応じた精神刺激薬の使用が認可されるよう切に望みます。

精神療法に関して

精神療法では、患者さんの話を傾聴しながら、身の回りに起きてきた出来事や経験をどのように解釈するのかという考え方のプロセスや、生活史上で強く影響を受けてきたような出来事に注目していきます。そしてそのような出来事が今の生活にどのようにかかわってきているのかや、現在の行動や考え方に影響を与えているのか等を問題としていきます。

さきほど、うつ病の症例であげたAさんのように、幼少期の頃に強固な考え方をつくり上げられた人の場合、新しく入ってきた情報や経験はそのような思い込みによって判断されます。
例えばAさんのような場合、「失敗することはよくないことだ。私は絶対成功しなくてはならない」という強い思い込みがあります。

そしてそのような思い込みはつぎつぎと多くの考え方を生み出してその人を束縛するようになります。
「休むことはよくないことである。なぜなら休む事は仕事を減らすことだからだ。仕事をどんどんやらないと成功しない」失敗をした場合には「自分はおろかな人間に違いない」また、「よりいっそう仕事に励まなければ失敗をするに違いない」などなどということです。
このような考え方を繰り返すうちにそれ以外の見方ができなくなり、自分自身を束縛するようになっていくわけです。

そして、自分自身を束縛するような行動をとるようになっていきます。
何らかの原因でそのような行動を続けていくことが困難になっていたときに、その人は強い自己嫌悪と不安、そして不眠や食欲の低下等の身体な反応も引き起こすようになってくるでしょう。
このような思い込みの事を精神療法では物事のとらえ方のゆがみという言い方をすることがあります。

Aさんの場合、自分自身の中に強く作り上げられていた様々な考え方を一つずつ客観的に見つめなおしていくことで自分自身を規定していた考え方を認識しそれを変えていくことができたわけです。
物事の捉え方の偏りなどを修正していくためには、以下のような問いかけが有効なことがあります。ですから精神療法の面接の中にはこのような質問を多く織り込みながら、患者さんの洞察を深めていくような手法がとられることが多いのです。

  1. そう考えることが、あなたにとってどんな意味があるのか。
  2. そう考えたら、どういう結果が想像されるのか。
  3. その考えに別の見方がないのか。
  4. そう考えることのメリットとデメリットは?
  5. 極端に考えすぎている面はないか、もっと合理的で余裕のある考え方は?

意外と単純な質問のようにも思われるかもしれませんが、ひとつの考えに固執してしまっている人は別の側面から考えたり、自分の考えを批判してみたりすることができなくなっていて、繰り返しそのような問いをかけられることでやっと思考のどうどう巡りから抜け出せることができるという事がまれではありません。

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